植村記念財団・植村冒険館

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ページ番号1005208  更新日 2020年1月25日

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植村記念財団

たったひとり、厳しい自然のなかで行動を続けた冒険家、植村直己。
1984年(昭和59年)マッキンリーで消息を絶つまで、彼はその生涯をかけて人間の可能性に挑みつづけました。どのような状況においても、人間らしい豊かな心で目標に向かって努力する彼の冒険精神。板橋区は、この「植村スピリット」を永く後世に伝えるため、1992年(平成4年)3月に植村記念財団を設立しました。財団では、植村夫人から譲り受けた植村さんの装備などの展示をはじめ、さまざまな事業を展開しています。

板橋は冒険の出発地

植村直己さんは1941年(昭和16年)兵庫県生まれ。1984年(昭和59年)2月にマッキンリーで消息を絶つまで、約15年間板橋区に住んでいました。
最初の住まいは3畳一間の アパートでした。家具は海外遠征で使ったトランクだけだったそうです。
日本人初の最高峰エベレスト登頂や世界初の五大陸最高峰登頂の達成、北極での単独犬ゾリ走破といった歴史に残る冒険へ、板橋から出発していったのです。

植村直己の足跡

1941年(昭和16年) 兵庫県日高町生まれ
冒険家の基礎
1960年(昭和35年) 19歳 明治大学入学、同時に山岳部入部
世界の山々をめざす
1964年(昭和39年) 23歳 明治大学を卒業し、外国でアルバイトをしながら各地の山を登る。
1966年(昭和41年) 25歳 モンブラン登頂(ヨーロッパ最高峰 4807メートル)、キリマンジャロ登頂(アフリカ最高峰 5895メートル)
1968年(昭和43年) 27歳 アコンカグア登頂(南米最高峰 6960メートル)、アマゾン川6000キロメートルを60日かけてイカダで下る
帰国 この頃から板橋区仲宿で暮らしはじめる
1970年(昭和45年) 29歳 エベレスト登頂(世界最高峰 8848メートル 日本人初)、マッキンリー登頂(北米最高峰 6194メートル)、世界初の5大陸最高峰登頂者となる。
南極への夢
1971年(昭和46年) 30歳 日本列島3000キロメートル縦断
1972年(昭和47年) 31歳 極北の村で暮らす(1971年から1973年)
1974年(昭和49年) 33歳 北極圏1万2千キロ犬ゾリの旅に出発〈グリーンランド西海岸〉
1976年(昭和51年) 35歳 アラスカ・コツビューまで到達する
1978年(昭和53年) 37歳 北極点単独犬ゾリ到達(世界初)
1980年(昭和55年) 39歳 冬季エベレスト遠征(途中で登頂断念)
1982年(昭和57年) 41歳 南極大陸へ(協力が得られず行動断念)
1983年(昭和58年) 42歳 ミネソタの野外学校へ
1984年(昭和59年) 43歳 冬季マッキンリー単独登頂(世界初)、登頂成功を伝える無線交信を最後に消息を絶つ、国民栄誉賞受賞、グリーンランドの南端の山が「植村峰」と命名される

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