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トップページ >  文化・観光・施設・公園 >  文化財 >  第2回櫻井賞 一般の部 受賞論文要旨

公開日:平成20年4月1日
最終更新日:平成20年9月8日

【奨励賞】

1113年から1213年の横山氏一族の勢力扶植と横山荘

  

松本 司

 要旨

 内記太郎殺害事件(1113)を画期として南相から北総に進出した横山党本流・横山氏一族については、和田の乱(1213)で壊滅に近い状態になったことから文献史料が乏しく、ほとんど研究が進んでいない。本稿は、歴史地理学、特に、「固有の地名も一定の体系の構成要素として存在することがある」という構造景観学と、柳田民俗学を結び、この100年間の横山氏一族の勢力扶植の過程を復元して、大江広元の所領となった横山荘がどこであったかという点について新たな見解を提示するとともに、彼らの祭祀空間認識の一端を解明して立論の補強とするものである。

 横山氏本家の拠点の移動については小野氏系図等に見える、嫡流が名字とした「藍原(相原)」という、土地利用の中間地帯を示す地名と、本姓に由来する地名「小野」に着目して考える。分家の展開については、「野部(野辺)」、「田名(棚)」という境界地名に着目する。また、後世の改変の可能性がある系図を使った検証の精度を確認するため、和田の乱で戦死した31名の拠点について検討する。

 こうして、横山(小野)時広・時兼時代の居館があったとおもわれる神奈川県津久井郡城山町の龍籠山東山麓源流地帯こそ横山荘の最後の中心であり、これに粟飯原時重時代の相模原市相原町とその対岸の町田市相原付近、およびこの北相地区と接続する横山孝兼時代の玉の横山北面源流地帯(八王子市)を合わせた領域こそ、大江広元のものとなる本宗・横山氏の所領した横山荘である可能性がきわめて高いことを明らかにする。

 さらに、わずかに生き延びた佐渡藍原氏の四所宮の事例などをふまえて、龍籠山東山麓源流地帯の小野にある六社明神が、龍籠山=山宮に対して、一族六氏が里宮として崇敬した神社を合わせて祀ったものである可能性が高く、しかもそれが、水陸両交通のネットワークと関係するものであるらしいことを述べる。

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本論文の全文は本賞紀要『歴史民俗研究』第1輯に掲載しています。

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