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板橋区の工業の歴史(3)

公開日:平成20年4月1日
最終更新日:平成20年4月1日

 4.板橋区の工業の歴史(3) 公害、円高、低成長と都市型工業への転換

 高度成長期に飛躍した板橋区の工業ですが、同時に急速な宅地化が進み、住工混在による公害問題が深刻になっていきました。

 また、首都圏における工業の立地・操業等を規制する工業等規制法などの規制が強化され、土地の高騰や規模拡張ができないなど板橋区内での工場の操業環境は悪化の一途を辿りました。さらに追い討ちをかけるように円の切り上げ、さらにニクソンショック以後の国際市場の変動相場制への移行により、輸出を中心とする日本の製造部門は、より地価が安く、操業環境も保全しやすい地方への移転が進んでいくこととなりました。

 環境問題や円高等の影響で重化学工業が後退する一方、情報産業の発達により、印刷業の需要が高まりました。印刷工場は迅速な処理を要することから地方への移転がしにくく、公害の問題は比較的小さいことから、従来都心に集中していた印刷工場が板橋などの近郊へ移転する動きになったと考えられます。板橋区には、戦前から凸版印刷東京工場があり元々集積度が高かったこと、従来印刷工場の集中していた千代田区や文京区とは中山道や首都高速道で直結されていたこと、広範囲に工業地域が温存されていたことなどから、昭和40年代から印刷関連工場が急速に増加しました。現在では工場数、従業員数、製造品出荷額共に区内最大業種となっています。

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作成部署

〒173-0004 東京都板橋区板橋二丁目65番6号 情報処理センター
産業経済部 産業振興課

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