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こうぶんしょ館電子展示室51号 「東上線の沿革」

公開日:平成20年5月25日
最終更新日:平成20年5月26日

こうぶんしょ館電子展示室51号

 「東上線の沿革」



 今回の電子展示室では、区内を走る「東武東上線」の沿革を、当館に所蔵されている古い写真および資料を用いて紹介したいと思います。

 

 駅の誕生


 大正3年(1914)に、区内最初の私鉄、東上鉄道(現東武東上線)が池袋~田面沢(現川越市と霞ヶ関との中間)間で開通し、初めて蒸気機関車が走りはじめました。

 本区地域には、下板橋、上板橋、成増駅の3駅が開業しましたが、 開業当初は8往復で、ほぼ2時間に1本の運行で、乗降客も少ないものでした。

 その後の人口増加に伴い、下赤塚、大山、金井窪(戦災で消滅)、東武練馬、中板橋の順に駅が開業、板橋区域では昭和10年(1935)開業の武蔵常盤(現ときわ台)が最後の駅の開業となりました。

 東上鉄道は大正9年(1920)に、東武鉄道に合併吸収され東武東上線と名を改めました。

 この「東上線」の名には、東京と上州(群馬県)を結ぶという由来があり、当初は巣鴨から川越・高崎を経て渋川までつなぐ計画があったといいますが、この計画はついに実現することはありませんでした。



 イモ電車


 敗戦とともに、区民は日々の食糧調達に奔走していました。人々は餓死をまぬがれるために「かつぎ屋」から闇の食糧を買って、また、東京近郊の農村へあらゆる交通機関を利用して買出しに走り回りました。

 戦時下の主食だったイモ類の名産地、川越方面へ向かうために、人々は東上線の

電車に殺到しました。それから東上線の電車を、誰かれとなく「イモ電車」と呼ぶようになりました。

 また、寄居方面からは主に炭を運びましたが、真っ黒な炭を電車内に積み上げて走る電車を、人々は「カラス電車」と呼びました。

【写真1】中板橋駅の開設祝賀会(昭和8年)

【写真1】中板橋駅の開設祝賀会(昭和8年)

【写真2】常盤台付近を走る(昭和11年頃)

【写真2】常盤台付近を走る(昭和11年頃)

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 闇市

 終戦後の買出しが始まるとほぼ同時に、東上線沿線の大山、中板橋等の駅前には闇市ができ始めました。この頃の東京には、およそ6万人の露天商がいて、「闇市はデパートを制した」といわれるほどの活況を呈していました。

 東上線沿線の闇市は、昭和20年代の後半から整備が進み、やがて近代的な商店街へと変わっていくこととなります。



 東上線の電化


 東上線は、昭和4年(1929)10月に池袋・川越間、さらに12月に寄居までの全線が電化されました。電化前の昭和2年当時は、池袋・川越間の所要時間は1時間2分かかりましたが、電化されると池袋・川越間は40分間に短縮され、運転間隔も30~40分となりました。

 その後、昭和5年に急行が走り、昭和10年(1935)に池袋・成増間の複線化工事が完成します。昭和12年には池袋・成増間の運転間隔が7分に改正されました。

昭和29年から東上沿線に分譲住宅、団地が続々建設されたことにより、東上線の乗客は日を追って爆発的に増えていきました。

 東武鉄道が昭和22年から37年までに行なった14回のダイヤ改正で運転度数、車両編成の増強を図ってきましたが、それでもなお、ラッシュ時240%平均で195%の乗車というある種「殺人的混雑」の様相を呈していました。

 昭和51年からは、車両を10両編成に増加をして運転を始め、そして昭和56年にはラッシュ時、2分10秒間隔の運転に改正されました。

 このように、戦後の東上線は都市人口の増加による首都圏の拡大、云うなれば「膨張の歴史」であったといえるでしょう。今年、東上線は開業満94年を迎えましたが、東京の郊外電車としての成立の歴史から始まり、現在に至るまでそれはまさに板橋区の開発・発展に寄与した、貴重な交通手段でありつづけたといえるでしょう。



主な参考文献

[1]『板橋区史』(板橋区、昭和29年)  

[2]『板橋のあゆみ』(板橋区、昭和44年)

[3]『板橋区制50周年記念誌 わが街・いまむかし』(板橋区、昭和57年)

[4]『板橋区の統計 平成18年版』(板橋区、平成19年)


 この他にも、東上線およびその周辺に発展した板橋区に関する資料が公文書館にてご覧いただけます。どうぞ皆様ご来館ください。

【写真3】昭和22年頃の板橋駅前 闇市

【写真3】昭和22年頃の板橋駅前 闇市

【写真4】電車を待つ人々(昭和30年頃)

【写真4】電車を待つ人々(昭和30年頃)

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