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公開日:平成21年5月14日
最終更新日:平成21年7月15日

文殊院

文殊院
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 江戸時代前期、延命地蔵を祀るお堂を寺院としたと伝えられている真言宗寺院です。本尊の文珠菩薩坐像は寛文年間(1661~1673)の作と伝えられています。板橋宿本陣を勤めた飯田家の菩提寺で、墓地には、飯田静の墓や宿場の飯盛旅籠の一つ「大盛川」の墓などがあります。

所在地

 板橋区仲宿28-5

 地図はこちら(別ウィンドウで開きます)

交通

 都営三田線「板橋区役所前」徒歩8分

 国際興業バス「仲宿」徒歩4分

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飯田静の碑

飯田静の碑
(画像クリックで拡大39KB)

飯田静の碑

板橋区登録有形文化財(歴史資料) 平成元年3月28日登録

 飯田静は、安永元年(1772)に板橋宿の本陣をつとめていた飯田新左衛門(義朗)の長女として生まれ、後に加賀藩六代藩主前田吉徳の七女祐仙院(暢姫)に仕えるようになりました。静は和歌を嗜(たしな)み、裁縫を得意とし、その人柄が閑雅であることから祐仙院に愛遇されました。

 しかしながら、寛政8年(1796)秋に病に罹り、暇乞いをして生家に戻り、翌年3月に25歳で亡くなりました。

 静の弟である飯田忠粛は亡姉の死を悼み、その業績を碑として刻み、菩提寺である文殊院に造立しました。忠粛は学問を好んだ人物とされ、碑文の選者を当時の詩文界をリードしていた儒学者の山本信有(北山)に、「亡姉阿静之碣」という題額の書者を持明院流の能書家で和学者として知られる幕臣の屋代弘賢(やしろひろかた)に、彫刻を一乗寺(台東区谷中)に住んでいた江戸随一の石工である廣瀬群鶴(ひろせぐんかく)に、それぞれ依頼しています。

 この碑は、板橋宿と加賀藩前田家との交流の一端を明らかにするとともに、宿場の人びとの教養の高さや、一流の学者・文人との交際を示す重要な資料といえます。

その他の所蔵文化財

文殊院文殊菩薩坐像(見学不可

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