こうぶんしょ館電子展示室68号『櫻井德太郎文庫』への招待

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ページ番号1009239  更新日 2020年1月28日

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写真1
民俗学研究所解散記念 登戸紀の国屋にて※
写真2
櫻井先生が在世当時の文庫(学術書)の様子

こうぶんしょ館電子展示室68号

『櫻井德太郎文庫』への招待

今回の電子展示室では、櫻井德太郎文庫の寄贈者である櫻井徳太郎先生の師であり、日本民俗学の創始者として著名な柳田國男氏について、文庫所蔵の書籍を用いてその研究の一端に焦点をあててみたいと思います。なお柳田を「やなぎだ」と読まれる方もいらっしゃいますが、正確には「やなぎた」と読みます。
最初に取り上げるのは、櫻井德太郎著『私説 柳田國男』です。柳田先生没後40年にあたる平成14年に著され、平成15年に出版されました。本書のなかで櫻井先生は、日本人の暮らしを「ハレ」(非日常のこと)と「ケ」(日常のこと)の二大原理で説明する柳田の著名な学説、「ハレ・ケ論」を拡充し、「ケ」の世界から「ハレ」の世界への転化を説明する原理として「ケガレ」(穢れとも)という概念を組み入れ、「ハレ」の祭事を通じて、日常の生活の中で枯渇した「ケ」のエネルギー、つまり「ケガレ」の状態が回復すると論じています(循環論)。該当箇所を引用しておきましょう。
「人間の社会では、暮らしの日常態を示すケ(褻)と、反対に非日常態をあらわすハレ(晴)の二つの側面とが、互いに交替しながら進行する。その律動原理が成り立つのは、人間の生命を維持するケの活力がうしなわれ、気息奄奄のケガレ(褻枯れ-穢れ)状態におちいってしまったときの転換構造にある。人はこの危急存亡の危機的状態におそわれると、かならずよみがえるための回生賦活のスプリングが発条のようにはたらく。その瞬発力がハレの空間をつくり、人びとはそこで本来のエネルギーを再生し復活する。」
また、柳田國男が設立した民俗学研究所の解散の経緯についても、研究所の理事として関わっていた立場から、その実際のところを書かれています。
この民俗学研究所の解散については諸説あり、本書でも、所員が本来の目的である民俗学の調査研究をないがしろにして本づくりの編集出版に精を出していたこと、「民俗学は史学の中に入るべきである」という柳田の素志とは異なる説や、「民俗学は人類学の中に包括されるべき」と主張する所員が現れたこと、特別な資産を持たないことから自前で研究所を維持することができず、財政上の行き詰まりがあったことなどが挙げられています。その上で櫻井先生は、「解散する段になれば、別のところに独立した屋形をもとめ、そこで研究体制を作らなくてはならない。柳田が言い出す前に、もっとわれわれのほうが真剣に考えるべきだった」と述べ、理事として力が足りなかったことを慚愧にたえないとされています。
※ 上掲、「民俗学研究所解散記念 登戸紀の国屋にて」(昭和30年12月4日撮影)に写る方々(敬称略)
前列右側より 堀一郎、関敬吾、和歌森太郎、柳田國男、橋浦泰雄、瀬川清子
中列右側より 萩原龍夫、石田英一郎、牧田茂、最上孝敬、櫻田勝徳
後列右側より 櫻井德太郎、大藤時彦、直江廣浩、能田多代子 以上15名

写真3
第1回柳田賞受賞式に望む櫻井氏
写真4
柳田國男賞の受賞メダル

次に『再考 柳田国男と民俗学』を取り上げます。編者は「播磨学研究所」(1988年に姫路独協大学でスタートした「播磨学研究会」を母体として、93年に新しく発足した地域学の研究所。柳田國男の出生地が兵庫県福崎町であることから、没後三十年という節目を機会に本書が出版された)で、井出孫六ほか7名の共著です。
本書のなかに面白い個所があるので、そっくり引用します。
「昔の人は、風がどんなものか、科学的な知識がないのですから理解できなかった。医者も原因不明の病名には風という語を使ってますね。「中風」「風疹」「風邪」「痛風」「破傷風」・・・・・・。普段のときは取り立てて風の影響はないのですが、北西季節風というのには迷信にちかい恐怖感を持っていました。この風が激しく吹くと、せっかく稔った稲を倒伏させたり、果実を吹き落したり、失火でもあろうものなら、当時は藁葺き屋根だから、次々と火の粉が遠方まで飛んでまたたく間に村全体を焼き尽くしてしまいます。
・・・・・・・だから、風の中には魔性のもの、悪霊がいると信じていました。宮沢賢治の童話「風の又三郎」なんかその悪魔悪霊の名を借りたのです。悪霊を「たま(霊)」とも呼びます。その風が吹いてくる方角が北西-だから江戸という都会のその方角を「たま」という。多摩川とか、昔は多摩郡とかいった地名があるその語源はこれなんです。
早稲田大学の校歌は「都の西北」と始まります。あそこは季節風が来る前に刈り取ることのできる「早稲」を栽培した。歌は続いて「早稲田の森に」と続きますが、森とは樹木が多いから・・・というのは中国語の意味で、日本語の「モリ」は神霊がまします樹木の多い聖なる所なんですね。全国、都会の街中の樹木が亡んだ所を除いて、神社は深い森の中に鎮まっているでしょう。となると、わたくし達がいう「丹波」の国も、京の都から西北、「霊風(たまかぜ)」の「たま」ではないか? これは柳田翁のお説です。」
「櫻井德太郎文庫」では、直接に書庫へご案内する取り組みを始めています。手に取って選んでいただき、閲覧室で読むことができます。貴重な蔵書のため貸出はできませんが、複写は可能です(著作権法の範囲内で)。みなさまの多数のご来館を、心よりお待ちしています。

写真5
櫻井德太郎文庫所蔵の書籍(一部)
写真6
今回紹介した書籍ほか

写真7
櫻井德太郎文庫所蔵の柳田國男氏を扱った書籍(一部)
写真8
文庫に残る柳田氏生誕百年記念金杯

写真9
第1回柳田賞の賞状

【参考文献】
櫻井德太郎『私説 柳田國男』(吉川弘文館、2003年)
播磨学研究所編『再考 柳田國男と民俗学』(神戸新聞総合出版センター、1994年)
柳田國男『定本 柳田國男 第一巻(新装版)』(筑摩書房、1968年)
後藤総一郎監修、柳田国男研究会編著『柳田国男伝』(三一書房、1988年)
後藤総一郎『柳田国男論序説』(伝統と現代社、1972年)

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