板橋区の名前のゆらい

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ページ番号1006701  更新日 2020年1月25日

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区名のゆらい

「延慶本平家物語」という軍記によると、治承4年(1180年)に挙兵した源頼朝が、「武蔵国豊島ノ上滝野川ノ板橋」に布陣しています。ここに地名としての「板橋」が初めて現れ、少なくともこの資料が成立したとみられる鎌倉時代には「板橋」の地名があったことがわかります。
慶長8年(1603年)、徳川家康によって江戸に幕府が開かれると、日本橋を起点とする五街道が整備されました。そのうちの一つ、中山道の第一番目の宿場が「板橋(下板橋)」に置かれ、大都市江戸の出入り口として、また区域周辺の中心的な場として繁栄しました。
地名「板橋」は、明治22年(1889年)の町村制実施によって町名として採用され、昭和7年(1932年)の東京市板橋区誕生に際しては、区名となって現在へと至っています。

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