2026年3月8日 焼絵展 片山真理子氏講演会
現在開催中の「焼絵 茶色の珍事」の関連イベントとして講演会を開催しました。
講師は東京藝術大学美術学部附属古美術研究所助教の、片山真理子氏です。
「朝鮮通信使も見た日本の焼絵」というテーマでご講演頂きました。
朝鮮の美術工芸がご専門の片山真理子氏の視点で、烙画などと呼ばれる朝鮮の焼絵に関するお話を頂きました。
初めに烙画はどのように描いたのかという具体的な事例をご報告くださいました。
国家無形文化財136号の烙画匠・金榮祚氏の道具や制作行程をご紹介下さり、現在に息づく烙画の技に見入ることができる機会となりました。
烙画では、数種類の鏝の使用が確認され、それらの鏝を角度を変えて用いて、様々な面や線を焦がし描いています。
続いて画題や画面形式についてお話しされました。烙画では、花鳥と山水が描かれます。
蘭や葡萄といったそれらは伝統的なもので、墨画や工芸とのかかわりにも言及されました。
屏風は日本のものよりも縦長で、8曲以上、中には16曲もの長さに及びますが、これは朝鮮の室内の仕組みにも見合ったものだそうです。
そのなかで、展示作品について表面に凹凸のあることなども画像を示して下さることで、
エンボスのような立体感を楽しむことができることも実感できました。
烙画制作にとって重要な紙に関しては、官営の造紙署が設置され、多くの紙匠がいたことが確認されます。
各地の検査所は組織化され、烙画の発展と高品質な紙の生産が連動していることがわかりました。
品質の高い紙の生産は近代以降も続き、大正11年に名古屋で行われた全国紙業博覧会でも受賞しています。
烙画はこのような紙などだけではなく、竹にほどこしたことでも知られます。
民藝運動で知られる柳宗悦は、竹の産地烙竹潭陽を訪問し、烙竹工芸を収集しました。
後半は、朝鮮通信使と焼絵のかかわりについてのお話です。
朝鮮通信使とは、慶長12年(1607)から文化8年(1811)のあいだに計12回来日した朝鮮国王が日本へ派遣した使節団です。
通信使とは墨戯の交流が行われていましたが、最後の派遣となったこの文化8年の際に、はじめて焼画が行われました。
その際の日本側の絵師は、猪飼正彀という人物です。
猪飼正彀による焼絵作品は大変貴重で、この度の展覧会では牡丹図が1点公開されています。
19世紀初頭という時代に、朝鮮で、日本で、それぞれ同じ技法に専心した人物がいたことは大変興味深いこととして、
お話をしめくくられました。片山先生、ご講演下さりありがとうございました。


