板橋区史跡公園(仮称)

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ページ番号1023606  更新日 2021年4月19日

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 板橋区史跡公園(仮称)は、板橋区加賀一丁目に所在する「史跡陸軍板橋火薬製造所跡」を整備し、当時の遺構や建造物を含めて公開を行う歴史公園です。現在はグランドオープンに向けて、計画の策定や調査研究を進めています。

写真1
弾道管
写真2
物理試験室

史跡陸軍板橋火薬製造所跡とは

 板橋火薬製造所は、明治9年(1876)、現在の板橋区加賀地域に所在した加賀藩下屋敷の跡地に設置された官営工場です。明治政府が初めて設置した近代的な火薬製造所であり、昭和20年(1945)まで国内有数の火薬工場として稼働していました。
 第二次世界大戦後、火薬製造所はその役割を終え、その跡地には研究所や学校、工場などが入居することになり、現在につながる加賀地域へと姿を変えてきました。板橋区は、明治初年からの火薬製造所の歴史を、「工都」板橋における工業のさきがけとして位置付けるとともに、その遺構や建造物を近代化遺産・産業遺産として評価しています。また、製造所内に置かれていた火薬研究所による最先端の研究が、戦後日本の科学技術の発展に大きな貢献を果たしたことも重要な点です。
 こうした近代的な火薬製造所と研究所の歴史的価値が認められた結果、平成29年10月、加賀一丁目7および8番の地域とそこに残された火薬製造所の遺構や建造物を含め、国の史跡に指定されました。

史跡指定地の概要

史跡指定地の歴史

関連する主な文化財

旧東京第二陸軍造兵廠建物群(東京家政大学構内)(区登録有形文化財〈建造物〉)

加賀五四自治会(肥田一穂氏寄贈)文書(区登録有形文化財〈古文書〉)

加賀前田家下屋敷跡(区登録記念物〈史跡〉)

史跡指定地の現状

史跡指定地の場所、範囲を示した地図

 「国史跡陸軍板橋火薬製造所跡」は、石神井川を挟んで大きく2つの地区に分かれています。この場所は板橋火薬製造所全体の一部分ではありますが、現在も戦前の遺構や建造物が多数残されています。戦後は国史跡指定地のうち、石神井川の南岸側には野口研究所が、北岸側には理化学研究所がそれぞれ入居して約70年間使用されてきました。また隣接する南岸東側の加賀公園は、現在も区民の憩いの場となっています。なお、旧野口研究所跡地および旧理化学研究所跡地については現在、整備に向けて準備をしており、公開しておりません。今後は遺構群を調査研究し、適切な保存処置を施したのち、史跡公園として整備して公開することを予定しています。

史跡指定地内の主な遺構

旧野口研究所跡

旧理化学研究所板橋分所跡

板橋区史跡公園(仮称)の整備にむけて

 板橋区史跡公園(仮称)の整備にむけて、計画の策定や調査研究を続けております。この章では、その成果を紹介します。

板橋区史跡公園(仮称)のオープンにむけて―コラム「史跡公園実験室」―

 板橋区史跡公園(仮称)および国史跡陸軍板橋火薬製造所跡に関して、担当学芸員によるコラムを不定期で更新します。

情報をお寄せください

 板橋区史跡公園(仮称)の整備に向けて、皆様からの情報を募集しています。東京第二陸軍造兵廠(二造)や戦後に入居した野口研究所、理化学研究所板橋分所などについて、写真、映像、書類のほか、ご自身やお知り合いの体験談などがございましたら、下記のお問い合わせ先までご連絡ください。
 また、板橋区史跡公園(仮称)では、ツイッターによる情報の発信を行っております。皆様に史跡公園を身近に感じていただけるような内容をつぶやいておりますので、気軽にご覧ください。

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このページに関するお問い合わせ

教育委員会事務局 生涯学習課
〒173-8501 東京都板橋区板橋二丁目66番1号
電話:03-3579-2633 ファクス:03-3579-2635
教育委員会事務局 生涯学習課へのお問い合わせは専用フォームをご利用ください。