松月院境内遺跡第1地点出土中世遺物〈有形文化財(考古資料)〉

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ページ番号1056893  更新日 2025年3月25日

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令和6年度から登録文化財概要をよりわかりやすく表記しました。

松月院境内遺跡第1地点出土中世遺物

(しょうげついんけいだいいせきだいいちちてんしゅつどちゅうせいいぶつ)

 

 赤塚八丁目にある松月院(しょうげついん)の境内では、今からおよそ40年前、庫裏(くり)の建て替え前に発掘調査が行われました。地面の下を慎重に掘り出して調べた結果、旧石器時代から江戸時代まで、当時の人々が生きていた「あかし」が残っていることがわかりました。

 調査の大きな成果としては、1400年~1500年ごろにつくられた、中世の石造物がたくさん出土したことです。特に、2メートルほどの大きさの穴(100号ピット)の中から、五輪塔(ごりんとう)や宝篋印塔(ほうきょういんとう)、そして板碑(いたび)などが出土しました。

 五輪塔(ごりんとう)や宝篋印塔(ほうきょういんとう)、そして板碑(いたび)は、中世に多く使われていた石製の供養塔(くようとう)です。現代のお墓にも繋がる石造物の昔の姿で、供養した年月日や、供養された人の名前などが刻まれています。

 出土した石造物は、ほとんどが破片だったり、一部分だけが発見されたりして、残念ながら完全な形に復元することはできません。人の手によって割られたあとで、穴に入れられたのだと考えられます。

 なぜ、壊して埋める必要があったのでしょうか。15世紀末ごろ、この場所に建っていた昔のお寺から松月院へと変わった前後に、赤塚地域に何か変化があったのかもしれません。板橋区の中世の歴史を考えるうえで大事な資料なので、このたび「板橋区登録文化財考古資料」となりました。

出土地

赤塚八丁目4番9号(松月院境内)

登録日

令和7年2月14日

松月院境内遺跡第1地点出土中世遺物100号ピット
松月院境内遺跡第1地点出土中世遺物 100号ピット
松月院境内遺跡第1地点出土中世遺物1号板碑遺構
松月院境内遺跡第1地点出土中世遺物 1号板碑遺構

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