時代を紡ぐ 「東京第二陸軍造兵廠板橋工場の遺構と近代化遺産」

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ページ番号1004881  更新日 2020年1月25日

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区の文化財に登録されているレンガの建物

明治4年(1871)に新政府の兵部省は、板橋金沢県邸(旧加賀藩江戸下屋敷平尾邸)の一部を火薬製造の用地に求めました。その結果、同9年に板橋火薬製造所(後の東京第二陸軍造兵廠板橋工場)が発足しています。当工場は、国営工場として日本最古の部類に属するとともに、産業都市板橋の原点となっています。
戦後、進駐軍の占領下において、当地域は、「五四」という管理番号が付されるとともに、戦災などによって影響をうけた学校や企業に対して、二造時代のレンガの建物が貸し付けられました。昭和21年(1946)には「帝京学園・都立化工専・渡辺学園・野口研究所・資生堂絵具工業・板橋診療所(山田病院)・池影自動車」の七団体が使用を認められ、「板橋管財施設利用組合」が結成されています。当組合はいったん解散をしましたが、同23年に「五四団体自治会」として再結成され現在に至っています。
二造時代の建物は、工場・板橋の改築や移転によって、徐々に解体され、マンションなどに姿を変えています。その中で、陸軍の火薬研究の中心的施設があった加賀一丁目付近には、理化学研究所板橋分所内に旧爆薬理学試験室・爆薬実験室の建屋が、野口研究所内に旧陸軍火薬研究所の建屋や弾道管(爆測管・爆速管)や射場などの施設・遺構が現存しています。また、東京家政大学構内にある三棟のレンガの建造物は、平成19年度に区の有形文化財に登録されています。
現在、これらの建屋や設備は、文化庁・都による近代化遺産(建造物等)総合調査等によって日本の近代化を果たす上で重要な遺構・文化財として板橋区分の候補にリストアップされており、その調査が進められています。

【学芸員 吉田政博】

※平成27年1月24日発行「広報いたばし」掲載

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