2025年7月20日 トークイベント「シドニー・スミスに魅せられて―編集者と教え子が語る

このページの情報をXでポストできます
このページの情報をフェイスブックでシェアできます
このページの情報をラインでシェアできます

ページ番号4001989  更新日 2025年7月24日

印刷大きな文字で印刷

現在開催中の「2025イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」では、特別展示のひとつとして、カナダの絵本作家であるシドニー・スミスの作品をご紹介しています。シド ニーさんは、2024年に国際アンデルセン賞・画家賞を受賞したことから、本展の図録の表紙を描き下ろしてくれました。さらに、当館は2023年にイラストレーター向けワークショップ「夏のアトリエ」のためにシドニーさんを招聘したという縁もあり、 本展で彼の絵本原画を含め約50点の作品を展示できたことには特別な感慨がありま す。
そこで7月20日には、日本語版の絵本の担当編集者と、2023年の「夏のアトリエ」の参加者たちにお集まりいただき、その魅力を語るトークイベントを開催しまし た。

まずは、偕成社編集部部長の広松健児さんにご登壇いただきました。広松さんはかねてよりシドニーさんの絵本に関心を持ち、「ぼくは川のように話す」「おばあちゃんのにわ」「ねえ、おぼえてる?」「はじめてのクリスマス」「あらしの島で」の日本語版を担当されました。今回はシドニーさんの絵本の概要と魅力についてお話をいただきました。 シドニーさんは43歳で国際アンデルセン賞・画家賞を受賞しましたが、この賞は全業績に与えられるものであることから、これほどの若さで受賞した例は珍しいそうで す。同じく40代で受賞したセンダックやドゥシャン・カーライは、20代半ばから絵本作家として国際的に認知されていましたが、一方シドニーさんは、2015年の「おはなをあげる」以前はカナダ国外ではほとんど知られていなかったようです。しかし、同書でカナダ総督賞を受賞して以降、作品数は少ないものの、名だたる賞を次々に受賞 し、国際アンデルセン賞受賞に至りました。広松さんは、これほど短い期間にシド ニーさんの国際的な評価が定まった理由として、3つのことがあるのではないかと おっしゃいました。一つ目は、絵本の表現を革新したこと。これにはイメージとテキストの関係性など様々な点がありますが、なかでも広松さんは映画からの影響について詳しく言及されました。確かに「夏のアトリエ」の際にも、シドニーさんは映画を参考にしていることを何度も口にしていました。しかし映画に影響を受けたという絵本作家はほかにもたくさんいますし、絵本の制作を映画になぞらえることはよくありますが、シドニーさんは何が違うのでしょうか。広松さんはそれを「ヌーベルバーグ」になぞらえて、シドニー絵本にみられるスケッチの組み合わせ方や、ガラスや鏡の映り込み、光と影の表現などについて詳しくお話をくださいました。二つ目に挙げたのは、シドニーさんの絵のすばらしさです。広松さんは絵本「あらしの島で」のスライドで見せながら、扉ページから最終ページまで丁寧にご紹介くださいました。主人公の子どもたちの仕草、波や空の表現、水たまりに映る家々、逆光の使い方...どの場面にも見とれてしまいます。これらの絵は、リアルに描かれているというよりは、むしろ表現主義的であると広松さんはおっしゃいます。これまでのシドニーさんの絵本を見ると、技法や描き方がどんどん変わってきているので、今後の変化も楽しみです。そして三つ目として、各絵本の内容にも言及されました。シドニーさんの絵本はどれもある特定の人のお話を語っており、複雑さをはらむ人生をそのままに描きながらも、そこに普遍的なものがあると言います。今、世界が分断されていくような状況にありますが、ある個人の感情を描いた絵本が多くの人の胸に届くのは、そこに普遍性があるからであろうと分析されました。
シドニーさんの最新刊「あらしの島で」は、アメリカでも日本でも7月下旬からの発 売が予定されていましたが、板橋区立美術館のショップでは7月上旬より先行発売をすることができました。偕成社と広松さんのご尽力に感謝申し上げます。

続いて、2023年の「夏のアトリエ」に参加した4名が、シドニーさんから学んだことを発表しました。アーティストの新海美穂さんは、とくに「感情の表現」と「絵と言葉」について学びを得たということについて、シドニーさんの講義や、みんなで行ったエクササイ ズをスライドで見せながらお話くださいました。顔の表情を描かなくても主人公の感情を表現できることに気づいたことや、絵とテキストを組み合わせることで新たなストーリーが生まれることに気づき、「夏のアトリエ」によって自分の絵が変わったと言っていました。
イラストレーターの藤原千晶さんは、「夏のアトリエ」におけるシ ドニーさんのエピソードを4コマ漫画にしてご紹介くださいました。それらからは、気さくで、おおらかで、時にチャーミングなシドニーさんの人柄が伝わってきて、会場の皆さんも思わず笑顔になっていました。 シドニーさんの言葉をたくさん引用しながら、藤原さんが感じたことや学んだことも詳しくお話くださいました。
漫画家のケン・ニイムラさんは、「このまちのどこかに」でシドニーさんの絵本に出会ったそうです。そこには漫画との共通点も感じ、一方で絵本の既成概念をうちやぶるような制作方法に魅力を感じているとのことです。アトリエでの経験としては、”公園で遊ぶ子ども”というテーマを室内で描いた後に、実際にみんなで公園でスケッチをし、再度同じテーマで描くというエクササイズを挙げました。また、最終課題では、結果にこだわることなく、いつもなら作れないようなものを作る実験の場になったと振り返りました。
アーティストの矢部雅子さんは、シドニーさんの講義やエクサ サイズから、それぞれの記憶の中に絵本の題材があることに気づかされたと言います。矢部さんも自身の子ども時代をめぐるお話を作りましたが、ひとりよがりになっていないか不安になったそうです。しかしシドニーさんのアドバイスを受けて、見せ方を工夫することで他の人に伝わるものになると学んだとおっしゃっていました。 矢部さんは「夏のアトリエ」参加後、学んだことを生かして自分の過去の作品を描き直し、それを2024ボローニャ展に応募して入選しました。

その後、広松さんや当館館長松岡から4名のみなさんにいくつか質問をしたり、「夏のアトリエ」の期間中にニイムラさんがシドニーさんを近隣の温泉に連れていった話などで盛り上がりました。

トークイベントの最後にはサプライズとして、シドニーさんがこのトークイベントのために送ってくれたビデオメッセージを流しました。シドニーさんは、当館での特別展示のこと、2023年の「夏のアトリエ」での思い出、日本語版の刊行など、約7分にわたって語ってくれました。ビデオが届いたのがイベント当日だったため日本語字幕を付けることができませんでしたが、「夏のアトリエ」でシドニーさんの通訳を務めてくださった翻訳家の前沢明枝さんが日本語にしてくれました。

「夏のアトリエ」はシドニーさんにとって初めてのイラストレーター向けのワーク ショップだったのですが、その完璧なプログラムや、シドニーさんの制作に対する真摯な姿勢、そして優しいお人柄に、参加者たちも美術館のスタッフも大変感銘を受けました。今回のトークイベントは、改めてシドニーさんの絵本とご本人の魅力を発見する機会となりました。ご登壇くださった5名のみなさん、前沢さん、シドニーさん、どうもありがとうございました。会場にはシドニーさんの「夏のアトリエ」の参加者が10名以上も来場し、トー クイベント終了後には、記念撮影をしたり、思い出話で盛り上がったりと、まるで同窓会のようになっていました。

シドニー・スミスの絵本のトークイベントの様子1

シドニー・スミスの絵本のトークイベントの様子2

シドニー・スミスの絵本のトークイベントの様子3