2026年7月19日 河野ヤラ政枝さん講演会
7月19日(日曜日)は、河野ヤラ政枝さんの講演会を開催しました。ヤラさんは、ポルトガルの出版社プラネッタ・タンジェリーナに所属しながら、デザイナー、イラストレーターとして活動しています。ヤラさんは、前日まで開催していたイラストレーター向けワークショップ「夏のアトリエ」の講師を務めてくれました。5日間で、20名の参加者たちが、共同制作をしたり、それぞれの絵本のアイデアを考えたりして、素晴らしいワークショップとなりました。共同制作した作品がまだ飾ってある会場のなかで、この日は自身の活動についてお話をしてくれました。通訳は、ポルトガル語翻訳者で、ヤラさんの日本語版の翻訳も担当した木下眞穂さんです。
まずはヤラさんの生い立ちから。ヤラさんはブラジルのサンパウロで、日系人の家庭で生まれ育ちました。お母さんの作ったお気に入りのワンピースを着た少女時代の写真も見せてくれました。大学で薬学を学び、薬剤師となりましたが、一方で大好きな絵を描くことはやめず、夜はコミュニケーション・デザインを学びました。1990年代末、初めて来日したときに、日系人向けの奨学金制度があることを知り、2000年に奨学金を得て再び来日し、山梨デザインセンターで1年間を過ごしました。これが大きな転機となりました。ブラジルに帰国したヤラさんは、人生を変える決意をして、ポルトガルに移住し、デザインの仕事をすることにしました。そして2004年からプラネッタ・タンジェリーナのメンバーに加わったのです。
当時プラネッタ・タンジェリーナは教材をメインにするデザインスタジオでしたが、現在は絵本の出版社として年間に3冊程度を出版し、現在までに約100冊を刊行してきました。小規模な出版社であるプラネッタ・タンジェリーナは各メンバーがあらゆる仕事をしています。ヤラさんも、デザインやイラストの仕事だけでなく、倉庫での梱包作業や予算の計算もします。ヤラさんが大好きなのはランチタイム。仕事の話や、趣味のことなど自分の話をしながら、一緒にお昼ごはんをとるのだそうです。年に1回は、読者たちを招いて大きなイベントを行います。
ヤラさんはメンバーの集合写真を見せて一人一人を紹介しながら、まるで家族のようだと言います。そして、プラネッタ・タンジェリーナは、単に読者を獲得するだけでなく、読者に挑戦するような本づくりを目指しているのだそうです。もしかしたら伝わらないかもしれないと思うこともあるけれど、そういうのが好きなのです、とはにかみながら語っていました。
そして、ヤラさん自身が手掛けた絵本を1冊ずつ丁寧に紹介してくれまた。まずは2025年に日本語版が刊行された「100このタネがとんでった」から。この作品は、プラネッタ・タンジェリーナの多くの絵本と同じフォーマットで、紙を無駄にせずに作れる判型なのだそうです。同僚であるイザベルさんのテキストにイラストを付けたこの本は、ヤラさんにとって難しい仕事だったと言います。いくつかの場面を、翻訳者である木下さんが日本語で朗読してくれました。最初はもっと抽象的な木のイラストを描いていたそうですが、イザベルさんと何度も話し合った結果、全場面を描き直したそうです。こうしたことは、よくあることだとヤラさんは言います。その後ヤラさんは、同じフォーマットの絵本のなかから、初めてイラストの仕事をした絵本や、算数の先生が書いた言葉遊びの詩の絵本について、本をめくりながらお話くださいました。
次に、 幼い子ども向けの小型の絵本「ミニ・ミクロ」というシリーズから2冊を取り上げました。歩き始めたばかりの子どもを描いた「Daqui ali」では、自身の家にあるモノもたくさん描き込みました。こうした細部が物語を豊かにすると言います。ヤラさんは見返しを工夫することも好きで、この絵本では見返しからお話が始まっています。「O que é isto?(これは何?)」は、幼い子どもに向けた本ですが、とても抽象的で、ヤラさんにとっては新しい挑戦となりました。いつもと違うやり方を考えて、白地に黒のみを使い、そして線描だけで表現をしました。この本のために何百枚もスケッチを重ね、ペンは何種類も試したそうです。木下さんがいくつかの場面を即興で日本語にして朗読してくれると、その哲学的な内容に、会場のみなさんも一緒に考え込む様子が見られました。
ヤラさんの最新作の絵本は「Olhos abertos, olhos fechados(開いた目、閉じた目)」です。インタラクティブな絵本のシリーズの1冊として刊行されました。この絵本のイラストは線を使わずに描き、デジタル上の修正はほとんどなかったそうです。いくつかの場面を木下さんが日本語にして読んでくれました。読者へ働きかけるようなテキストは、まずは目の動きを促すような肉体的なことから始まりますが、そのうちに政治的な内容へ向かっていきます。最後の場面では、一見、真っ黒なところを目を凝らしてみると少しずつ見えてくるものがあります。テキストとイラストを通して、光が当たっているところだけでなく、光の当たらないところにも大事なものがあるということを伝えてくれます。
最後に紹介してくれたのは、プラネッタ・タンジェリーナではない出版社から刊行された、視覚障害者とともに楽しめる隆起印刷の施された絵本です。イラストはすぐに出来上がった一方で、本として完成させるには大変時間がかかったそうです。隆起印刷の部分は、触って分かるようにイラストをシンプルに整理する必要があり、何度もテスティングをしながら、多くのことを学んだと言います。
時間が超過していましたが、もう1冊だけ、と言って紹介してくれたのは、100部のみリソグラフで印刷したZineです。背中をかくためのガイドブックで、その面白さに「夏のアトリエ」でも大盛り上がりとなった1冊です。
同僚たちとたくさん話し合いながら絵本を作ったり、ときには新しい技法に挑戦するなど、ヤラさんの絵本のお仕事についてたっぷりお話してくださいました。「夏のアトリエ」は、ヤラさんやプラネッタ・タンジェリーナの絵本づくりの一端を体験するようなものであったことに改めて気づかされる機会ともなりました。聴講者のなかには、「夏のアトリエ」の参加者をはじめイラストレーターやアーティストの方も多く、たくさんの刺激をもらったようです。
講演会の後、聴講者のみなさんは、ヤラさんやプラネッタ・タンジェリーナの絵本を手に取ってじっくりと味わっていました。サインを求める人たちの列もできて、ヤラさんは1冊1冊に丁寧にサインをしてくれました。
ヤラさん、木下さん、素晴らしい講演会をどうもありがとうございました。
子どもたちはもう夏休みでしょうか。三連休ということもあり、2Fの展示室も多くの来場者でにぎわっています。


